くつひもむすべない

一次二次問わずたまに18禁の小説を載せるブログ

薫り


「においがする」
そんなことを言って必死に鼻息を荒くさせている。餌の匂いを察知した犬のように薫りの在処を探している。こういう時ばかりらどうでもいいことが気になる性分の男だと改めて痛感させられる。
「花かな?」
「この季節は花なんて咲かない」
「でもにおいがするんだよ。いいにおい。甘くて鼻を擽るような薫り…」
花なんて咲かない、というのは少し語弊がある。こんな寒い季節でも咲く花はある。だが、周りを見渡しても花など咲いておらず、痩せ細った空五倍子色《うつぶしいろ》の土があるだけで、過酷な環境でも逞しく生きる植物が生えてる訳でも一箇所だけ肥沃した土壌がある訳でもなく、雑草が蔓延っているだけでどことなく寂しげである。
「おかしいな…気のせいか?」
辺りを見回してる目の前の男は腑に落ちないような表情で相変わらず鼻を動かしている。その姿に思わず溜め息を吐いてしまう。
童子切
名前を呼んで振り向かせると、鼻に溜め込んだ空気をゆっくりと出した。
「そんなににおっているが、案外自分の薫りだったりするんじゃないのか」
「俺の薫り?」
目を見開かせて不思議そうな顔をする。「何言ってんだ」とでも言いたげな顔だ。
「自分の薫りなんて分からないだろ」
得意げに話すその顔が妙に腹が立つ。それなら今すぐ気づかせてやろうと、目の前の男の体を手繰り寄せる。引力によって吸い寄せられたかのような肩口に顔を寄せ、着物越しにぴたりと鼻を押し付ける。控え目に薫りを吸い込むとかぎ馴れた薫りが鼻腔に侵入してくる。ああ、"いつもの"あの薫りだ。
「…なにしてるんだよ」
「薫りの確認だ」
顔は見えないが、きっと何とも言えない表情をしているだろうな。そう思うと抱き締めた体温がわずかに上昇したような気がした。