くつひもむすべない

一次二次問わずたまに18禁の小説を載せるブログ

大包平四周年記念話

「あれから四年も経ったのか」

鶯丸が感慨深そうに言う。まるで大層なことかのような口ぶりだたが、驚丸は刀剣男士として顕現して五年以上の月日が流れており大包平よりも長くこの本丸にい る。しかも刀剣である彼らにとって四、五年など些末な歳月である。
風が吹き荒ぶ庭先を障子越しに眺めながら鶯丸は茶を啜る。冬猫のように半纏を着た背中を丸めて炬燵の中でもそもそと動かした。その隣で座っていた大包平はそれまで黙っていたが、 脚を控えめに蹴り飛ばされたことによって眉を探めて声のない抗議を上げる。大して悪びれもなさそうに「すまん」と言う同胞に少々不満げになりながらも静かに口を開いた。

「四年あっという間だったか」

大包平にしては珍しく面映ゆそうにつぶやく。それを見た鷲丸は面白いものを見つけたかのように笑う。

「主に言わなくていいのか?一昨年はずいぶん張り切っていたが」
「お前はよく覚えているものだな」
「あんな面白いこと忘れるわけがないだろう」

飄々とした様子で揺れる草色の髪に大包平はわずかに瞋恚の念が湧き上がりそう になったが、ひとにらみして「主のことは後でいい」と言うだけでそのことに突っかかることはなかった。

「自分で言っていたわりにはあまり嬉しそうではないのだな」
「嬉しくないわけではない。ただ…」

大包平にしては歯切れの悪い言い方に鶯丸は少々不思議に思いながらも次の言葉を待つ。しかし返答がないので助けてやるかとおおよそ大包平が言いたいであろう言葉を代弁した。

「まだ奴が来ていないから素直に喜べんのだな」
「………………」
「まあ四年経っても未だに来ないとなれば流石に寂しくはなるだろうな」
「別に寂しいわけではない。憶測で物を言うな」
「俺の言葉はいつでも真理を突いているが」

外郭をなぞるような遠回しな表現は御免だが、核心を捉えるような直接的な表現も言い様によっては気に入らなかった。言ってしまえば、鷲丸の言葉ではどんな表現でも気に入らないということであるが。

「お前にしてはやけに弱気だなあ、大包平」  
「だから違うと言っているだろう。俺はただ、あいつはもっと早く来ると思っていただけだ」

大包平は “彼"含める天下五剣に対して対抗心を燃やしている。特に"彼"に対して一層対抗心が強くなり、彼に関することには敏感なようだった。 それらもすべて己が白眉の刀であるという自負から来るものだが、同時に嫉妬心も等しく あり(本人は頑なに認めないが)もいや悟気の類ではないかと思うはどである 普段はほとんど口に出すことはないものの、彼が来ることをこの本丸で尤も 待ち望んでいると言っても過言ではない。だからこそ今この本丸に居ないことを 口惜しく思ってるのだと、鷲丸はそう思った。

いつもは真っ直ぐ伸びている背中も心なしか丸まっているように見える。煌々とした深紅の髪だけはいつも通りの体相だ。

「俺たちはただ待つことしかできないが、その代わり奴が来た時には笑顔で出迎えてやればいいさ」
「…言われなくても俺は最初からそのつもりだ」
「いや、大包平の場合速攻で喧嘩吹っかけるのが洗礼だったな」

せっかく大包平を慮るようなことを言ったのに次には一言居士でしかいられない鶯丸に速攻で 「人間きの悪いことを言うな!それではまるで俺が無作法者 のようではないか!」と異議を唱えるが、事実天下五剣の四振りには全員挑みに行っているので無作法者までは行かなくとも本当にしでかしそうだとは思っていた。

「今日はせっかく節目の日なのだからな。これまでのことを語らいながら言祝ぐのも悪くはないだろう」
「何だ突然。お前らしくないことを言うな」
「俺らしくないか?せっかく本人が楽しみにしていた日を祝ってやりたいと思ってな」

鶯丸は盆から取った蜜柑の皮を剥きながら悠然と笑う。

「今日は月の美しい夜になるだろう ち晩酌でもどうだ。月を見ながら祝酒というのも良いものだ」
「などと言いながら俺の祝いに託けて酒を飲みたいだけじゃなかろうな」

大包平の言葉に若干図星を突かれたように萱丸は眉を曲げた。大包平はこう言った勘の鋭さは人一倍強い。

「厨から焼酎をせしめなければいいのだろう?」
「そういう話ではない」

鶯丸を諌めながらも大包平は密かに晩酌を楽しみにするのだった。大包平は五年目の冬を迎えようとしていた。そして、いつ来るのかもわからない者をいつまでも待ち続ける。