くつひもむすべない

一次二次問わずたまに18禁の小説を載せるブログ

太陽の方向へ

これ(In The Dark. - 靴とまぼろし)のおまけ

 

 

 いつからだろうか。"己が人の主を持つべきではない刀"だということに気づいたのは。
いつからだろうか。再び人を信用することはないと確信したのは。
いつからだろうか。"あの男"と共に生きていきたいと思ったのは。
いつだって現実は非情だ。次こそは次こそはと思う度に裏切られる。己が持つ最早"呪い"とも言えるこの力に抗うことが出来ないという現実を日毎に痛感させられる。人が己を忌避するなら、こちらもまた人を忌避すればいいだけのこと。懲りずに"期待"なんてするから傷つくのだ。人の主など持たず、ただ蔵の奥で眠っていればいい。そのはずだったーー



「何やっているんだ」
この光景を目の当たりにして開口一番放った言葉がそれだった。
無理もない。大の男二人、しかも古くからの付き合いの腐れ縁とも言える友人二人揃って全身ずぶ濡れになっていればそんな言葉が出てくるのは当然だった。
「なにって見ればわかるだろー?涼んでるの!」
縁側に立っているこちらに対して上目遣いでニッコリと笑う長身痩躯の男。右手には水やり用のホース、左手にはピストル型の水鉄砲。着物は肩から裾まで大雨にうたれたかのように全身ずぶ濡れ。真っ直ぐな髪の毛は水を吸ってしんなりとして太陽の光で反射した艶が見える。
この男がまさか、"かの"天下五剣のうちの一振りで東西の両横綱の東の横綱だと知れば卒倒する人間も出てきそうな有様だった。
「それは涼んでいると言うより…遊んでいるだけだろう」
「そうそう、"水鉄砲ですまっち"というやつだよ」
重たく口を開けば同じく全身ずぶ濡れの男が返答した。訳あって縁のある源氏の重宝、もとい髭切は普段と変わらない柔和な微笑みに思わず頭を抱えた。
「あのなあ…お前たち、水鉄砲で遊ぶなど餓鬼じゃないんだぞ…」
「別に大人がやったって良いだろー?こんな遊びが出来るのは今だけだぜ」
「和泉守たちが随分楽しそうに遊んでいたからね。僕たちもやってみたいなーって思ってね」
髭切のマシンガン型水鉄砲から噴射される水を眺めながら、もはや言い返す気力もなく黙り込む。他の奴らがやっているのを見て自分たちもやりたくなった、だからやるというプロセスの実行速度がこの男たちは本当に速いとつくづく思う。子供のように無邪気に戯れる二人を尻目に突き刺すように容赦なく降り注ぐ熱光を掌で覆う。本当にこの国の夏は暑いぞ。かなり暑いと聞いていたが想像以上だ。この暑さだと外に出るのも億劫になるが、そこは個人差だということだろうか。
太陽の光は平等に大地に降り注ぐ。だけど"光"は違う。"光"は強く大きな輝きを放つものもあれば、弱く小さいものもあり、中にはそもそも"光"がないものもある。俺もかつてはそうだった。だがいつの間にか"光"がそこにあったのだ。生まれたのか、はたまた隠れていたのか。どちらでもない。ある日突然"男"が"光"を携えてやってきたのだ。
何も見えない真っ暗闇に太陽のような光が指した。人から必要とされず忌み嫌われてきた己の心に"光"を与えたのは他の誰でもない、目の前で餓鬼のようにはしゃいでいるあの男だった。

本来ならば、あいつも"俺と同じ側"の刀だ。
だが、あいつは出会った時から心の内を他者に見せずに隠そうとする。そしてなお他者に救いを与えようとする。普通なら理解できない行為だ。俺だって差し伸べられた手に易々と取るほど単純ではない。だが、気付いたら手を取っていた。その"光"を必要としていた。一度それを知ってしまったらもう元に戻る事は出来ないのだと知った。今も思う。俺はきっと、あいつがくれた"光"がないと生きていけないのだということを。そしてあいつと生きていきたいということを。

「鬼丸ー!」
名前を呼ぶ声がしてその方向に目をやると、相変わらずずぶ濡れの面で破顔している男が駆け寄ってきた。
「鬼丸も水鉄砲やろうぜーその厚着じゃ暑いだろ?」
「余計な世話だ…お前らみたいに濡れるのは御免だ」
「大丈夫大丈夫、脱げば問題ないよ」
髭切に上着を剥ぎ取られ、水鉄砲を手渡される。強制参加だ。拒否権はないらしい。
ふと視線を感じて見てみるとあいつがにやにやとうすら笑いを浮かべている。
「何だよ」
「別にー」
意味深な笑みを絶やさず背を向け自分の陣地に戻っていく。バケツの水は装填済み。いつでも戦闘態勢に入れるようだった。濡れた背中に声を投げかける。
童子切
「ん?」
「ありがとな」
脈絡のないその言葉に目を丸くして首を傾げる。何のことかわかってないらしい。当然だ。分からなくていい。俺だけが知っていればいい。
太陽のような人。ある日突然現れて、"光"を与えた。その"光"を携えながら、今もこれからも共に闇を照らして歩いていく。
日差しが照りつける地面を踏みしめながら、二人の元へ向かった。